今日も1日お疲れさまです。
SNS上で話題になるものの一つに「氷河期世代」の人たちがあります。

就職活動が難航した世代、運よく入社できても正社員ではなく契約社員で低賃金、こうなったのは当時の政治のせい、いつまでも賃金は低いまま・・・挙げていけばキリがありません。
今回の記事は私が個人的に思うことを綴ります。
結論から言うと、
自分自身に100%非がないということはないということ、
世の中はそんなものということです。
世の中は白と黒の2種類ではありません。よくはっきりさせたがる人がいますが、はっきり言って無意味だと思ってます。

氷河期世代に限った話ではありませんが、こうした人はどの世代にも一定数存在すると思います。
- 学生なら「先生の問題の出し方が悪い→だから成績が悪いのは自分のせいではない」
- 就職活動中の人なら「あの採用担当は人を見る目がない→だから不採用は自分のせいではない」
- 社会人なら「自分がミスしたのは上司がそんなこと教えてくれなかったから→だから自分のせいではない」
といったものです。
要は「自分は悪くない、まわりが全て悪い」という極端な考えを持っているように思うのです。
本当にそうでしょうか??

試験の結果も採用の可否も仕事の成功(失敗)も、どれも「起こるべくして起こる」、私はそう思います。
試験が難しく感じたのは確かに先生の問題の出し方に性格の悪さが出ていたのかもしれませんが、それでもちゃんと回答できた人もいるのでは??
採用試験に落ちたのは担当者の目が節穴ではなく、面接での対応で採用担当者に「うちとは合わないなぁ」と思われたのでは??
仕事のミスは上司の説明がなくても自分で処理できたのでは??
そうした部分で「自分にも非があるかもしれない」と思わないのがまず問題です。
たぶん自分の中の「何か」を守りたいだけなのでしょう。

それがないと自分自身の今までの行動を否定される、自分が何のために生きているのかわからなくなるから、自分以外のものが悪いと決めつけるのではないでしょうか??
ただ、こうしたことで世の中は100%自分が悪くないということはありません。
- 試験勉強は間違った方向に勉強してませんか??
- 採用試験の面接で質問に対して的外れなことを言いませんでしたか??
- 賃金が低いのは時代のせいかもしれませんが、会社での実績は何かありますか??
こうしたことが重なって結果が「起こるべくして」生まれるのではないでしょうか??
見る視点を少しだけ自分自身に当ててみることです。自分の落ち度もあれば、その時の状況でうまくいかなかったということがあるのではないでしょうか??
そうすると、「一番悪いのは??」ということを追求しなくなるはずです。
こういった場合は自分にも相手(もしくは環境)にも原因があるのが大半です。
だから「全ての元凶はこれ」というような何もかも白黒はっきりさせることは無意味だと思うのです。
人はそんな「グレーゾーン」の中で生活しています。
自分の境遇を嘆きたくなる時もあるでしょうし、いつまでも好転しない環境に不安で圧し潰されてしまうかもしれないということもあるでしょう。

大事なのは「その理不尽とも言えるものからでも学んで活かすこと」です。
現状を嘆いても何も変わりませんし誰も助けてくれません。
少しでも何かできることを見出して行動することが、今の良くない環境から抜け出せる唯一のものだと思います。
最後に
氷河期世代の人たちの境遇は、私自身もよく先輩から話を聞く機会がありました。
幸いなことに私が就職するときは団塊世代の定年が重なる時期だったこともあって、氷河期世代のような大きな苦労もなく就職できました。たった数年で状況が大きく違ってたんです。
そのため当時の就職活動や賃金格差については同情を挟む余地がないのが事実です。
比較にならないとは思いますが、就職してからは上司に恵まれなかったり長時間労働が続いたりでそれなりに苦労は重なったとは思います。
どんな状況であれ、過去は変えられません。自分の苦労が全く報われずにこれまでも続くような環境にいるくらいなら、現状を嘆くだけではなく、何かしらの行動は必要なのではないでしょうか??
最後までお読みいただきありがとうございます。
それでは皆さん、今日も1日お疲れさまです。
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